日本BGMフィルに見た夢(2)
■アンサンブル
弦の上に弓が降りる。
静かに奏でられるヴァイオリンの音色。
会場が少しずつ音で満たされていく。
綺麗な音だな。
そう感じたことを覚えている。
BGMフィルとの最初の出会いだった。
日本BGMフィルハーモニー管弦楽団の公演に初めて訪れたのは、2013年7月26日のことだった。
アンサンブルコンサートシリーズと銘打たれた公演は、6月7日から弦楽四重奏・木管五重奏・金管五重奏による演奏が6回に渡って行われた。
私が最初に訪れたのは第4回の弦楽四重奏だった。
印象的だったのはコンサートミストレスの小林明日香氏が奏でる音色がとても綺麗だったこと。
完成度の高いまとまり感のある弦楽四重奏だったこと。
そしてどことなく柔らかくて暖かい会場の雰囲気だった。
進行を務めるのは指揮者の市原雄亮氏。
ひとつひとつの曲を作品や背景を含めながら紹介し、丁寧にコンサートを進めていく姿から氏の人柄の良さが伝わってきた。
短い期間ながら協力者を募り、優れた奏者を集めて楽団を立ち上げることができたのは、市原氏のパーソナリティによるものが大きかったのだろう。
それは私がBGMフィルに感じた「勝算」のひとつだった。
管弦楽団にかからわらず、会社でもプロジェクトでもそうだが、何かを始める時にはリーダーの存在が重要になる。
スタートアップに求められるリーダーシップは情熱や人柄といった人間的な力である場合が多い。
それは時に実務的な能力や優秀さよりも大切になる。
人は利だけでは動かないし、理だけでも動かない。
ましてや聴衆の心を動かす音楽を紡ぐ演奏家となればなおのことだろう。
外部から音楽監督や指揮者を呼ぶのではなく、指揮者自身が音楽的にも運営的にもトップとなって動かしていくことはスタートしたばかりの管弦楽団としては良いことだったと思う。
起業して間もない社長が営業も経理も現場監督もやるようなことに近いかもしれない。
それは創設の志を直接音楽にして伝えていくための理想的な形に見えた。
嬉しかったのは、市原氏本人がゲームが好きで、音楽を愛し、そしてゲーム音楽という存在を大切に思っていることが伝わってきたことだった。
曲間のトークに、選曲に、ゲストへの接し方に。様々なシーンにその気持ちが現れていた。
会場に訪れた観客の多くに氏の想いが伝わったことだろう。
平日の夜、立ち上がったばかりの管弦楽団の公演に訪れる人々。
やはりゲームが好きで音楽を愛し、ゲーム音楽を大切に思う人が多かっただろう。
奏者もまたそれぞれにゲームや音楽への情熱や思いがあり、手にした楽器でそれぞれの気持ちを表現していた。
ただ素晴らしい音楽が演奏され、聴いている、というだけではなく、交響楽団と観客が同じ思いを共有している。
会場に感じた柔らかく暖かな雰囲気はそのあたりから来ていたのだと思う。
それもまたBGMフィルに感じた勝算のひとつであり、大きな強みになると確信していた。
■衝撃
コンサートは終盤にさしかかる。
演奏された曲のひとつひとつが素晴らしく、BGMフィルらしさを感じることができた。
ゲストの伊藤賢治氏と繰り広げられたトークも会場を楽しませ和やかにしていた。
訪れた誰もが満足した気持ちで帰途に着くだろうと思った。
市原氏が最後の曲を紹介し、一礼して袖に下がる。
会場が静けさに包まれていく。
コンサートミストレスの腕が静かに動く。
ヴァイオリンがヴィオラがチェロがそれぞれの音を奏で始める。
弓が弦を、弦が空気を震わせる。
旋律が重なり、音を紡ぐ。
衝撃だった。
アンサンブルコンサートの終盤を飾る曲。
その曲は、はっきりと伝えていた。
BGMフィルの秘めた姿を。
彼らが越えようと目指すものを。
日本BGMフィルに見た夢(1)
■終焉
突然の公式Twitterによる発表。
BGMフィルの設立者であり、音楽監督および指揮者を務めてきた市原雄亮氏の発言。
JAGMOという組織が引き継ぐ形になるようだが、発表や発言の中の「発展的解消」「解散消滅」という言葉から読み取るならば
そう考えてよいのだろう。
"日本で初めての"プロとしてゲーム音楽を演奏活動を行うことを掲げてスタートした「日本BGMフィルハーモニー交響楽団」は最初の公演より1年を待たずして姿を消すことになった。
その報を聞き、全身の力が抜けるようだった。
寂しくもあり、悲しくもあり、そして残念に思った。
立ち上げの話を耳にしてから注目し続け、演奏会にも度々足を運んで応援していたということもあるが、それだけでない。
夢を見ていたからだ。
彼らに。
その存在に。
■誕生
「ゲーム音楽を主体に演奏活動を行う日本初のプロオーケストラ」
最初にその話題を耳にしたのは2012年のころだったと思う。
日本初。
その言葉を意外に思ったのは私だけではないだろう。
ファミリーコンピュータが発売されて30年が経過し、歴史的にも規模的にも「ゲーム大国」と呼べるこの国で、ゲーム音楽をメインに演奏するプロのオーケストラが今まで無かったということが不思議に思えた。
ニュースサイトの片隅で見つけた、まだ名前も無かった管弦楽団になにか光るものを感じた時のことを今でもよく覚えている。
代表理事に並ぶのが遠藤雅伸氏と古代祐三氏ということにも驚いた。
遠藤雅伸氏は『ゼビウス』や『ドルアーガの塔』といった、ゲームファンにはもはや説明不要の名作を世に送り出した伝説中の伝説といえるゲームクリエイター。
古代祐三氏はイースやアクトレイザーといった時代を代表するような名作の音楽を作り上げただけではなく、音楽性の高さでゲーム業界に衝撃を与えたことで知られている。ゲーム音楽ファンからも絶大な支持を得ている音楽家だ。
立ち上げたばかりの管弦楽団が大御所を迎えたことに驚き、感心したものだった。
往年のゲームファンなら、この二人が並んだだけでも何か凄いことになりそうだと興奮するだろう。
オーケストラがゲームの音楽を演奏するということはこれまでにも数多くあった。
『ドラゴンクエスト』の楽曲をオーケストラアレンジした演奏会やCDなどはゲームファンならずとも耳にしたことがあるだろう。
BGMフィルはゲーム音楽を主体に演奏活動を行う。
しかもこれから団員を集めてイチからオーケストラを作るのだという
途方もない話だ。
この厳しい時代によくやるものだと思った。
しかしながら、さわやかな風が吹き抜けるような爽快さがあった。
閉塞した場所でぱっと窓を開くような気持ちよさがあったのだ。
そしてそれは決して無謀な企てではないと思った。
十分に「勝算」があると感じた。
もちろん、オーケストラを作ることがどれだけ大変なことかは言うまでもない。
たとえ数人でも人を集めて何かを始めるということは難しいことだ。
ましてやプロフェッショナルを集めてのオーケストラとなればなおさらのことだろう。取り巻く時代、状況も決して易しいとは言えない。
しかしながら、市原氏はじめBGMフィルをスタートさせた人達には志や信念といった思いの他に、「これならいける」という確信があったのではないか。
次回はBGMフィルが最初の公演を迎えるまで、そして私自身が感じたBGMフィルの「勝算」について書いていきたい。